コロニーヴァルハラ。戦争と疫病で混沌と化した世界で、理想のユートピアとしてその存在が実しやかに囁かれていたこの地も、蓋を開けてみれば戦前の社会の縮図でしかなかった。貧しいものはなお貧しく、富めるものはより富を蓄えた。ヴァルハラに辿り着き3ヵ月あまりが経った今でも、シノブとヤギカスの暮らし向きはほんのわずかにマシになった程度だった。相も変わらずジャンク拾いで辟易して帰っては泥のように眠る生活が続いた。
ゲート前のベンチで、毎朝のルーティンのように裏声で大欠伸をしながら靴紐を結ぶヤギカスを横目に、シノブは弾倉に弾を込めていた。
「そいつぁいい考えだ!!」
威勢のいい声に顔を上げると、スカベンジャーの一団が輪を作って盛り上がっていた。輪を作っていた男の一人があたりを見渡し始め、シノブの視線に気付き歩み寄ってきた。
「ようお兄さん、これからジャンク拾いかい?」
「ええ。」
男は一団に振り返り、親指を立てて見せた。
「そいつぁいい。俺たちもこれから出るところなんだが、一つ作戦を思いついたんだ。」
「作戦ですか?」
男は、ああ、と言うと再び一団に振り返り、手招きで別の男を呼び寄せた。
「こいつぁ俺の相棒だ。射撃に関してはからっきしだがべらぼうに足が速い。俺もこう言っちゃあなんだが、足の速さだけは少しばかり有名なんだ。俺たちが全力で走れば他の奴らの一時集積所から物資を根こそぎ持ちだすことができる。ただ、それには陽動が必要だ。」
「それを私が?」
「お兄さんだけじゃない。俺のパーティ全員でだ。」
男たちは互いの二の腕を小突き合いへらへらと笑った。
「申し訳ありませんが、私はその話降ります。」
男は一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、すぐに食い下がった。
「何でだ?絶対に成功するぞ!?金は欲しくないのか?」
「ジャンク品収集時に偶発的に戦闘が発生する事は致し方ありませんが、能動的に物資を横取りしに行くことは間違っています。」
男は開いていた口を真一文字に結び、血走った目でシノブの目を見据え、こぶしを握った。靴紐を結び終え一部始終を静観していたヤギカスは、男とシノブを交互に見ては宥める言葉を探した。
「間違っている、だ?何様のつもりだ?」
シノブは黙ってただ男を見返した。
「はぱーぱーぱ、ぱ」
口をパクパクさせながら「何か言わなければ」と無理やり声を絞り出したヤギカスが発したのは、まったく意味をなさない奇声だった。男は謎の生き物と化してしまったヤギカスを睨みつけると、唾を吐いて去って行った。シノブは静かに立ち上がり、ゲートへ向かって歩き出した。
「行きますよ。今日も頑張りましょう。」
「はぱぱ」
どんよりとした曇り空の下、シノブとヤギカスはこの日の収穫を確認していた。
「そろそろ重いンゴ。」
新調したヤギカスのリュックはほぼ満杯になっており、持ち上げるとがしゃがしゃと音を立てた。
「もう少しだけ奥まで歩いてみましょう。」
自分のポケットからジャンクを取り出し、こっそりヤギカスのリュックに投げ入れると、シノブは再び歩き出した。
「待ちな。」
聞き覚えのない声が茂みから聞こえ、シノブとヤギカスは素早く銃口を向けた。コロニーの外で遭遇する人間は十中八九他のスカベンジャーか政府軍の兵士、要するに敵である。
「誰か。」
シノブはわざと低く声を出した。人差し指は引き金にかけられている。ヤギカスも茂みからの襲撃に備え身構えた。茂みの後ろに潜んでいるのが敵であればすぐにでも蜂の巣にできる。
「落ち着きなって。こちらに敵意はない。見ての通り丸腰だ。」
茂みから静かに表れた掌は、確かに相手が武器を持っていないか、あるいは直ぐに攻撃ができない事を示していた。そもそも敵意があればとうに茂みの中からシノブとヤギカスを狙い撃ちしている筈である。
「そのまま両手を上げて出てこい。ゆっくりとだ。」
シノブは引き金に指をかけたまま毅然と指示した。指示通りに両手を上げたまま茂みからガサゴソと音を立てて現れたのは、スカベンジャーにしては清楚な身なりをした長身の青年だった。
「これでいいかい?」
青年はシノブに向かって、笑顔を作って見せた。
「そこで何をしていた。」
青年は依然警戒を解く様子のないシノブに少し呆れたように、小さく苦笑ともため息ともつかない声を発してから話し始めた。
「散歩さ。散歩くらいするだろ?」
「丸腰でか。」
「それは俺の勝手だろ?むしろ、武装して俺の散歩道に突然現れたのは君たちの方だ。」
非難するような言い回しだが、男は柔和な表情を保ち続けていた。
「急に話しかけたのはわるかったよ。驚かせたな。俺はただ、忠告をしておきたかったんだ。」
シノブは少しだけ銃口を下げた。
「忠告?」
「ああ。この先は『黄色の民』の縄張りだ。少なくとも彼らはそう認識している。」
「黄色の民?」
「そういう集団がいるのさ。独自のコミュニティを持って、野を彷徨いながら生活している巨大な集団だ。彼らは警戒心が強くて他所者には厳しい。敵に回せば生きては帰れないぜ。だからその存在もあまり知られていない。」
「なぜお前はそれを知っている。」
青年は肩をすくめて言った。
「敵意がないからね。」
こいつは敵じゃない。本物の馬鹿か狂人だ。そう思いシノブは銃を下ろし、続くようにヤギカスも銃を下ろした。
「やれやれ…。まぁ、慣れっこだがね。」
男は両手を下ろし、ポケットに突っ込んだ。再び銃を上げかけたシノブをたしなめるように、青年は「落ち着けって」と発し、ゆっくりとポケットに入れた手を抜いた。手には紫色と水色の、2つのケースが握られていた。
「ラムネだよ。食うか?グレープ味と…、ラムネ味だ。」
ヤギカスは手を差し出そうとして、思いとどまってシノブの表情を伺った。シノブはゆっくりと首を横に振った。
「糖分だぜ?じゃあこうしよう。俺がのこケースからランダムに1つずつラムネを食う。それで平気だったら、君らも食う。どうだ?」
ヤギカスは青年とシノブの顔を交互に見やったが、シノブは微動だにしなかった。青年はまた小さく息を吐き、ラムネを2粒取り出すと口に放り込み、ボリボリと噛み砕いた。
「ね?」
「はい、貰いまーす。私ラムネもらいまーす。」
ヤギカスはもはやシノブの表情を見ることすらなく、青年からラムネを受け取るとぺろりと頬張った。
「ほら。持つだけ持っとけって。疲れてるだろう。」
青年は素早くシノブの手を取ると、ラムネを2つ握らせてしまった。
「何故です。」
手に握らされたラムネの感触を確認しながら尋ねた。
「ラムネを食うと笑顔になるだろ。俺はこの世界を笑顔で満たして争いを無くしたいんだ。」
シノブはラムネ男のあまりにも素っ頓狂な言葉にとうとう会話を続ける意志を無くし、「そうですか。好きにしてください。ラムネ、ありがとうございます。」と言い残すと背を向けて歩き出した。ヤギカスも「ザス!」と礼のような声を発し、後に続いた。
15時を回る頃にはとうとうヤギカスのリュックもシノブのバッグもすっかり満杯になり、ネジ1つ入る余地もなくなった。今夜の夕飯の事を考えながら歩いていると、少し先の物陰で鈍い音がした。シノブとヤギカスは反射的に姿勢を低くし、音の方向に意識を集中させた。鈍い打撃音と液体の飛び散る音。今となっては聞き慣れてしまった音だが、嫌な音であることに違いは無かった。ゆっくりと音の方向へ忍び寄り、片目だけ出すようにして様子をうかがった。広葉樹の木陰で男が一人、地面に転がったモノを殴りつけているようだった。地面に転がったモノは、微かに動いているようだったが、男が手に持った棒を振り下ろすと、砕けるような音を立てたのち、全く動かなくなった。男はその場にしゃがみこみ、何かを拾い上げてポケットにしまった。
「黄色の民でしょうか。」
シノブはスコープ越しに、男の腕に黄色い布が巻かれているのを見つけていた。
「多分、殴り殺してッショイ!」
ヤギカスのくしゃみが辺りに反響し、木々から小鳥が飛び立って行った。咄嗟に口を押さえたヤギカスだったが、時すでに遅し。男の視線はしっかりと二人の方向に向けれていた。シノブは動きを悟られぬよう、視線でヤギカスに据銃するよう合図した。男は両手に持っていた大きなレンチを一振りして血と肉片を払うと、雄たけびを上げて突進してきた。
「殺ります。」
言い終わるや否や、銃声とともに男の頭が弾け飛んだ。男がもう立ち上がらないことを見届けると、シノブとヤギカスは言葉を交わすことなく、その場を立ち去った。
陽が傾き、暗くなりかけた森の中、シノブとヤギカスはまたしても見知らぬ男たちに銃口を突きつけていた。丸腰の男たちがどこからともなく表れ、調査団を名乗りシノブらの協力を仰いできたのだ。ヴァルハラの外での出会いは即接敵を意味すると心得ていたシノブは有無を言わさず両手を上げさせ、跪かせた。一通りの命乞いを聞き流して、今に至る。
「貴様らの仲間に殺されかけた。」
シノブは男の腕に巻かれた黄色い布を顎でしゃくり、男を睨みつけた。男はヒィと小さくすくみ上がり、縮こまった。
「よせ!私たちはそんな野蛮な事はしない!金ならある。君たち、ヴァルハラの人間だろ?なら私たちの装身具は高く売れる筈だ。」
「素性が知れない。目的がわからない。信用できない。」
今日二度目の尋問で正直シノブは少し飽きていた。
「私たちはこの地の生態系を調査していた。安全で住みよい地を探しているのだ。動植物は人より敏感に良い空気を嗅ぎ分け、安定した土地を見つける。私たちはただ静かに暮らしたいだけだ。」
「非武装でうろつける場所じゃない。」
「護衛が殺された。命からがら逃げてきたんだ。私たちを逃がすために彼等は最後まで…」
涙ぐみ言葉を詰まらせる彼らに、直径6mm程度の同情心が芽生えたが、銃を下すには至らなかった。
「黄色の民、いや、人類のためだ。調査に協力してほしい。日没までにはヴァルハラに帰れると約束しよう。その時は手帳と下着以外は全て差し出すつもりだ。」
男たちは無線機やソーラー充電器を身につけており、それらは確かに役に立ちそうだった。男二人をヴァルハラまで送り届け、人類の再興に貢献し、装備も拡充する。悪い条件では無さそうに思えた。ヤギカスもしきりに無線機を目で指し示し、その場にいた全員に聞こえる囁き声で「ほしい。む・せ・ん・ほ・し・い。」と訴えていた。
「いいでしょう。日没までには、必ず帰りますからね。」
シノブは銃を下し、男に握手を求めた。男は応じ、交渉は成立した。
ヴァルハラまで残り数キロ。調査員たちはこれまでの調査から分かった動物の生態や可食植物について話してくれた。黄色の民は各地を転々としながら情報を集め、今や崩壊後のこの地の生態系も多くが解明されてきたという。シノブらもヴァルハラに興味があるという男たちに、コロニーでの暮らしを話して聞かせた。遠くに夕日に照らされたヴァルハラの城壁が見えてきた。シノブがヴァルハラを指さし、調査員たちに知らせようとしたその時、立て続けに銃声が鳴り響いた。調査員たちは崩れ落ち、ヤギカスも腹を押さえ、ショットガンを取り落としていた。シノブは銃を構えようとしたが、左腕に激痛が走った。草叢から現れた黄色の民はシノブの胸に銃を向け、撃った。黄色の民は弾切れになったその拳銃を放り、横たわるヤギカスの散弾銃に手を伸ばした。薄れゆく意識の中、シノブはリボルバーを抜き、黄色の民の背中に向けて我武者羅に引き金を引き続けた。草と土と硝煙の臭いに包まれて、景色は次第に暗くなっていった。
ブーンという風切り音に目を覚ますと、頭上で古い扇風機が回っていた。扇風機に詰まった埃がいずれ風に飛ばされて宙を舞っていくとして、新しく扇風機に挟まる埃と飛ばされていく埃の量は均衡が取れているのだろうか?いや、そもそも埃が詰まるという事はあの風量で飛ばされる埃より積もる埃の方が多いのではないか?そんな誰も得しない事をぼんやりと考えていると、どこかで見たような顔が上からのぞき込んできた。
「おはよう。」
ラムネ男だった。飛び起きて色々と問いただしたかったが、痛みで力が入らないので諦めた。
「昼寝から覚めてヴァルハラにラムネを仕入れに行く途中だった。」
ラムネ男はシノブの考えを察してか、勝手に話し始めた。
「驚いたよ。君たちと黄色の民が入り混じって倒れてるんだもの。もっと驚いたのは、君とそこの彼にまだ息があった事だけどね。」
ラムネ男の視線の先を見ると、鼾をかいて寝ているヤギカスの姿があった。
「無線は持ってなくてもビーコンくらいは持っておくもんだぞ。まぁ君たちみたいな手合いは、金はあるだけ弾代に注ぎ込んじゃうんだろうけどね。」
「どうして」
「そりゃあ、昨日みたいな事が」
「どうして調査団を襲ったんでしょう。」
ラムネ男はシノブに向き直り、一呼吸おいてから言った。
「どうして調査員は襲われないとおもったんだい?」
「調査員たちは黄色の民の幸福と人類の復興のために尽力していると聞きました。あの黄色の民は、調査員と知らなかったのでしょうか。」
「知ってたから襲ったんだよ。」
ラムネ男はラムネを一つ口に含み、頬の裏にしまい込んだ。
「調査員たちは君たちに護衛を頼んだ。そうだろう?」
シノブは視線で頷いた。
「その見返りは?お金?装備品?無線機?」
ラムネ男は脚を組みなおすと後ろに手をついて小さく伸びをした。
「黄色の民も君たちと同じだよ。護衛を金で雇って高価な無線機を背負って危険地帯を呑気にうろつける金持ちもいれば、まともな飛び道具すら買えずその日の生活もままならない奴もいる。せっかくヴァルハラの近くまで辿り着いたんだ。金目の物を持って入れれば、新しい人生が手に入るとでも思ったんだろう。」
シノブは3ヵ月前、縋るような思いでヴァルハラに入った自分たちを思い出した。
「あの黄色の民がした事は何も間違っちゃいない。崩壊前とはルールが違うんだ。」
ラムネ男は立ち上がると今度はヤギカスの隣に座り、ラムネをヤギカスの両方の鼻の穴に一つずつ詰めた。
「君は何故ラムネを。」
「ああ、鼻に詰めたら漫画みたいに飛び出すのかなって。でもだめだな。完全に口呼吸だ。」
「何故ラムネを配り歩くんですか?」
ラムネ男は初めて会った時と同じ笑顔を見せて言った。
「言ったでしょ。これで争いをなくすんだよ。」
「ラムネで…」
「これが正しい方法かどうかはわからないさ。でも俺がこうしたいからしている。だから正しい方法だ。」
「滅茶苦茶ですね。」
今のシノブには、ラムネ男の言葉を理解しようと試みる気力もなかった。もうどうでもいいからもうひと眠りしようと目を閉じかけたその時、目の前に再びラムネ男の顔が現れた。
「賭けをしよう。俺か君が生きている間に俺がラムネで世界から争いを消せたら俺の勝ちだ。消せなかったら君の勝ち。」
「おやすみ。」
扇風機の音は頭の中で、時間が過ぎていく音と混ざり合っているようだった。
蘇生薬の効果もあり、一週間後にはまたジャンク集めに出られるようになっていた。ヤギカスの鼻の穴の内側にできた謎の潰瘍の治癒にはまだ時間が掛かりそうだったが、日常生活には何ら支障はなかった。この日もそれなりの収穫を得てヴァルハラに戻り、シノブはバッグを新調しようと露店を見に来たのだ。何やら隣の食料品店の店主が独り言を呟いていたので、シノブはポーチ類を見るふりをして聞き耳を立てた。
「まったく、いつもは腐るほど売れ残るってのに、今日はラムネだけ馬鹿に売れやがる。辛気臭ぇ顔したジャンク拾いどもがこぞってラムネラムネって、何だってんだ…」
とうとうラムネブームが来たか。ラムネ男はだいぶ仕事をしたようだな、と何故か少し暖かい気分になり、結局何も買わずに店を後にした。
「貴様らの仲間に殺されかけた。」
シノブは男の腕に巻かれた黄色い布を顎でしゃくり、男を睨みつけた。男はヒィと小さくすくみ上がり、縮こまった。
「よせ!私たちはそんな野蛮な事はしない!金ならある。君たち、ヴァルハラの人間だろ?なら私たちの装身具は高く売れる筈だ。」
「素性が知れない。目的がわからない。信用できない。」
今日二度目の尋問で正直シノブは少し飽きていた。
「私たちはこの地の生態系を調査していた。安全で住みよい地を探しているのだ。動植物は人より敏感に良い空気を嗅ぎ分け、安定した土地を見つける。私たちはただ静かに暮らしたいだけだ。」
「非武装でうろつける場所じゃない。」
「護衛が殺された。命からがら逃げてきたんだ。私たちを逃がすために彼等は最後まで…」
涙ぐみ言葉を詰まらせる彼らに、直径6mm程度の同情心が芽生えたが、銃を下すには至らなかった。
「黄色の民、いや、人類のためだ。調査に協力してほしい。日没までにはヴァルハラに帰れると約束しよう。その時は手帳と下着以外は全て差し出すつもりだ。」
男たちは無線機やソーラー充電器を身につけており、それらは確かに役に立ちそうだった。男二人をヴァルハラまで送り届け、人類の再興に貢献し、装備も拡充する。悪い条件では無さそうに思えた。ヤギカスもしきりに無線機を目で指し示し、その場にいた全員に聞こえる囁き声で「ほしい。む・せ・ん・ほ・し・い。」と訴えていた。
「いいでしょう。日没までには、必ず帰りますからね。」
シノブは銃を下し、男に握手を求めた。男は応じ、交渉は成立した。
ヴァルハラまで残り数キロ。調査員たちはこれまでの調査から分かった動物の生態や可食植物について話してくれた。黄色の民は各地を転々としながら情報を集め、今や崩壊後のこの地の生態系も多くが解明されてきたという。シノブらもヴァルハラに興味があるという男たちに、コロニーでの暮らしを話して聞かせた。遠くに夕日に照らされたヴァルハラの城壁が見えてきた。シノブがヴァルハラを指さし、調査員たちに知らせようとしたその時、立て続けに銃声が鳴り響いた。調査員たちは崩れ落ち、ヤギカスも腹を押さえ、ショットガンを取り落としていた。シノブは銃を構えようとしたが、左腕に激痛が走った。草叢から現れた黄色の民はシノブの胸に銃を向け、撃った。黄色の民は弾切れになったその拳銃を放り、横たわるヤギカスの散弾銃に手を伸ばした。薄れゆく意識の中、シノブはリボルバーを抜き、黄色の民の背中に向けて我武者羅に引き金を引き続けた。草と土と硝煙の臭いに包まれて、景色は次第に暗くなっていった。
――こち…ヴァ…ハラWWMT…救難…を受信した…ビーコンで座標…確認して…る…既に救援が…かっている!…繰り返す!こちらはヴァルハラWWMT!――
ブーンという風切り音に目を覚ますと、頭上で古い扇風機が回っていた。扇風機に詰まった埃がいずれ風に飛ばされて宙を舞っていくとして、新しく扇風機に挟まる埃と飛ばされていく埃の量は均衡が取れているのだろうか?いや、そもそも埃が詰まるという事はあの風量で飛ばされる埃より積もる埃の方が多いのではないか?そんな誰も得しない事をぼんやりと考えていると、どこかで見たような顔が上からのぞき込んできた。
「おはよう。」
ラムネ男だった。飛び起きて色々と問いただしたかったが、痛みで力が入らないので諦めた。
「昼寝から覚めてヴァルハラにラムネを仕入れに行く途中だった。」
ラムネ男はシノブの考えを察してか、勝手に話し始めた。
「驚いたよ。君たちと黄色の民が入り混じって倒れてるんだもの。もっと驚いたのは、君とそこの彼にまだ息があった事だけどね。」
ラムネ男の視線の先を見ると、鼾をかいて寝ているヤギカスの姿があった。
「無線は持ってなくてもビーコンくらいは持っておくもんだぞ。まぁ君たちみたいな手合いは、金はあるだけ弾代に注ぎ込んじゃうんだろうけどね。」
「どうして」
「そりゃあ、昨日みたいな事が」
「どうして調査団を襲ったんでしょう。」
ラムネ男はシノブに向き直り、一呼吸おいてから言った。
「どうして調査員は襲われないとおもったんだい?」
「調査員たちは黄色の民の幸福と人類の復興のために尽力していると聞きました。あの黄色の民は、調査員と知らなかったのでしょうか。」
「知ってたから襲ったんだよ。」
ラムネ男はラムネを一つ口に含み、頬の裏にしまい込んだ。
「調査員たちは君たちに護衛を頼んだ。そうだろう?」
シノブは視線で頷いた。
「その見返りは?お金?装備品?無線機?」
ラムネ男は脚を組みなおすと後ろに手をついて小さく伸びをした。
「黄色の民も君たちと同じだよ。護衛を金で雇って高価な無線機を背負って危険地帯を呑気にうろつける金持ちもいれば、まともな飛び道具すら買えずその日の生活もままならない奴もいる。せっかくヴァルハラの近くまで辿り着いたんだ。金目の物を持って入れれば、新しい人生が手に入るとでも思ったんだろう。」
シノブは3ヵ月前、縋るような思いでヴァルハラに入った自分たちを思い出した。
「あの黄色の民がした事は何も間違っちゃいない。崩壊前とはルールが違うんだ。」
ラムネ男は立ち上がると今度はヤギカスの隣に座り、ラムネをヤギカスの両方の鼻の穴に一つずつ詰めた。
「君は何故ラムネを。」
「ああ、鼻に詰めたら漫画みたいに飛び出すのかなって。でもだめだな。完全に口呼吸だ。」
「何故ラムネを配り歩くんですか?」
ラムネ男は初めて会った時と同じ笑顔を見せて言った。
「言ったでしょ。これで争いをなくすんだよ。」
「ラムネで…」
「これが正しい方法かどうかはわからないさ。でも俺がこうしたいからしている。だから正しい方法だ。」
「滅茶苦茶ですね。」
今のシノブには、ラムネ男の言葉を理解しようと試みる気力もなかった。もうどうでもいいからもうひと眠りしようと目を閉じかけたその時、目の前に再びラムネ男の顔が現れた。
「賭けをしよう。俺か君が生きている間に俺がラムネで世界から争いを消せたら俺の勝ちだ。消せなかったら君の勝ち。」
「おやすみ。」
扇風機の音は頭の中で、時間が過ぎていく音と混ざり合っているようだった。
蘇生薬の効果もあり、一週間後にはまたジャンク集めに出られるようになっていた。ヤギカスの鼻の穴の内側にできた謎の潰瘍の治癒にはまだ時間が掛かりそうだったが、日常生活には何ら支障はなかった。この日もそれなりの収穫を得てヴァルハラに戻り、シノブはバッグを新調しようと露店を見に来たのだ。何やら隣の食料品店の店主が独り言を呟いていたので、シノブはポーチ類を見るふりをして聞き耳を立てた。
「まったく、いつもは腐るほど売れ残るってのに、今日はラムネだけ馬鹿に売れやがる。辛気臭ぇ顔したジャンク拾いどもがこぞってラムネラムネって、何だってんだ…」
とうとうラムネブームが来たか。ラムネ男はだいぶ仕事をしたようだな、と何故か少し暖かい気分になり、結局何も買わずに店を後にした。
ヤギカスと合流しようとコロニーの広場に出ると、その一角に人だかりができていた。その中にヤギカスの背中が見えた。ヤギカスはラムネのケースを握っていた。
「どうしたんですか?」
シノブが後ろから尋ねると、ヤギカスは目の前の塚を顎でしゃくって見せた。積み上げられたラムネの粒とケースの山からは一本の杭が突き出ており、その先には一枚のドッグタグがかけられていた。ヤギカスは手に持っていたラムネを山に加えた。シノブは救急品ポーチのピルケースからラムネを二つぶ取り出し、山に加えた。誰ともなく歌い出したカントリーロードがいつのまにか広場全体に広がり、ヴァルハラの夕空に響き渡った。
スペシャルサンクス&勝手に登場させた挙句殺したりしてごめんなさい
・ゲートオープン前に作戦会議してた赤チームの人たち
・フィールドでラムネ配ってた人
・レンチだけ持って特攻してた人
・終盤ルポライタークエストで捕虜になってまで謎解きを頑張ってた人
・その捕虜ごと僕たちを撃ち殺した人
・露店の人
・WWMTの人
・カントリーロード歌ってた人
写真:VLHL公式
ヨハンそんさん
ティーダ
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